卒業から思うこと

吉川 一義

 3月14日、保護者の皆様、来賓各位のご臨席を賜り、本校の第67回卒業証書授与式を執り行うことができました。112名の卒業生が立派に巣立ってくれました。
 普段は、一人一人とじっくり接することもままなりませんので、卒業証書を手渡す時が、どの子にも接することのできる楽しみな時間でした。一人あたりの時間は僅かです。しかし、子らの表情や仕草から一人一人の生活史に思いを馳せ、これからも、すべてを生かし、生かされ、喜び、感謝する人生が、あなたのものになりますようにと祈る気持ちをも併せて手渡しました。
 この時期は、他校の卒業式に出席させていただく機会も多いのですが、改めて時代の移り変わりを感じます。式辞や祝辞では、「世のため、人のために自分がどうあるべきか」を問う内容が多くなったように思います。
 今日の少子高齢化に伴う労働生産人口の減少は、少ない働き手で多くの高齢者を支えることを必要とします。また、グローバル社会では、国際競争力が求められ、現在、我が国に山積する諸課題への対応が、次世代を担う若者に「期待」されています。数年前、このような役割期待が若者(大学生)に求められるようになりました。その対応には、“スピード感”をもった“改革”が求められます。結果、次々と新たな取組みが設定・実施されていく中、当事者である大学教員も学生も、こなすことに精一杯となり、ゆっくりと立ち止まって考えること、これを通して自分を創っていくことが難しくなりました。その後、この傾向に低年齢化が進み、「世のため・人のために」は、子ども達にまで及んできているのではないかと危惧しています。
 勿論、現実問題に発した役割期待をすべて否定するものではありませんが、これと引き換えに大切なことを失ってはいけないと思います。社会の状況が変わっても、生物学的に子どもの本質が変わったわけではありません。このような時代であるからこそ、ゆっくりと育つことを認める考えが大切と思います。
 子どもたちには、自己実現の目標をもち、実行努力しながら自分の気持ちと向き合い、折り合いをつけながらゆっくり育ち行く営みを願います。小学校の6年間で、自分をしっかりと創っていってほしいと強く願っています。
 次回(4月)は、「自分を創っていくことについて」考えたいと思います。


学校長からのメッセージ 保護者の皆様

吉川 一義

学校教育を取り巻く今日的状況と教育の転換

◆評議員会・育友会総会・後援会総会のお礼
 4月28日に開催されました各会合に、お忙しい中、たくさんの皆様がお集まりくださりありがとうございました。皆様の教育への関心の高さを知ることができました。日頃より、本校教育へのご理解と温かなご支援を賜りますこと、重ねてお礼申し上げます。馬場康行会長様はじめ役員、会員の皆様には、何かとお力添えいただくことが多いと思います。今後とも協働的関係にもとづくお力添えをお願い申しあげます。
◆校長になって一ヶ月
 私は、この4月より校長を仰せつかりました。新学期が始まり子どもたちと出会い、対話し、授業風景を見るにつけ、子どもたちの素直さとこの素直さに裏付けられた学びの可能性に強い希望と期待を見出しております。始業から一週間目、1年生の子に「校長先生と副校長先生は何が違うの?」と問われ、あらためて当職の役割を再考しております。子どもたちの育ちを中核に据えた大切な教育を本校教職員と共に守り・創っていくことの職責に想いを馳せました。
◆社会状況と教育の転換 — 知識基盤社会が求める能力・学力観は? −
 今日のグローバル化に伴い社会や産業や経済の構造が大きく変化してきています。この状況を支える知識基盤社会に突入した日本では、この社会を生きぬける人材の育成が喫緊の課題です。この社会を生きぬく新しい能力・学力概念について様々な分野から提案されていますが、きわめて類似した能力・学力観となっています。グローバル社会に向けて教育界ではほぼ共通した能力・学力認識になってきていると思われます。OECDの DeSeCoや PISA、文科省の「生きる力」や「キャリア教育」、さらには経済産業省の「社会人基礎力」等々、どれも力点の置かれ方は異なるものの,きわめて類似した能力・学力観であるようです。いずれの能力・学力観も、「子どもの主体的な学習活動を中心に、正解のない課題に向かって子ども同士で協働探究し、結果を社会に向かって表現し共有できる力」を求めています。
◇なぜ、新しい能力・学力が必要なの?
 この 60年で日本の産業構造は大きく変化しました。1955 年頃は第 1 次産業が中心の社会が、じわじわと第2次産業から第3次産業に移行し、現代では第3次産業に重点を置く社会になってきています。知識基盤社会の進展に伴いこの傾向はさらに顕著となるでしょう。
 どの産業であれその実施工程は、課題の発想・企画・立案から、構想し実施計画や段取りを立て、生産・実行し、流通・販売等をする経過を辿るでしょう。どの過程に従事する人が多いかをみると、中心となる産業の変遷とともに従事者の変化をイメージできます。知識基盤社会では機械化の進行に伴い「生産活動に従事する人」が減少し、「課題の発想・企画・立案する人」、「構想し実施計画や段取りを立てる人」、「流通・販売等を担う人」が増える構成に変化していくことが予想されます。この変化とともに産業従事者に求められる資質・能力も異なってきます。かつての時代では、既有の知識を習得し技能化して生産に従事することが主だった活動でした。現代社会では、正解のない課題に立ち向かい知を創造し、表現し共有する活動が主になると思われます。「生きる力」としてなぜ、思考力・判断力・表現力等が求められるのか納得のいくことですね。
 重要なのは、このような「生きる力」を子どもに培うには、教師を含めて子どもに関わる大人自身が絶えず思考し・判断し・表現する力を備えていなければならないことです。とりわけ教育を意図的に行う教師は、既有の知識を伝達するだけの「教えの専門家」から、正解のない課題に向かって自身も子どもと共に学び続ける「学びの専門家」への転換をはからなければならないわけです。これより中教審(中央教育審議会;文部科学大臣の諮問機関)が「学び続ける教師」を強調することになろうかと思います。

 さて、今回は「学力観」の転換までとして、次回は、そのための「教育のあり方」について考えたいと思います。「今は子ども、数年後には社会の形成者」となる人たちへの公教育を教師と保護者各位が共に考えるためのプラットフォーム(基盤)形成のため、しばらくお付き合いください。
                     最後までお読みくださり、ありがとうございました。


学校長からのメッセージ

吉川 一義

 本校の源流は、1874年10月2日に石川県集成学校附属小学校(当時仙石町に所在:現中央公園入り口付近)に発し、140年余りの歴史をもつ小学校です。名称は石川県師範学校附属小学校(1875年)、金沢大学石川県師範学校附属小学校(1940年)、金沢大学教育学部附属小学校(1951年)を経て、金沢大学人間社会学域学校教育学類附属小学校(2008年改称)へと改称されてきました。現在、1年生から6年生の児童660名が学んでいます。
 「かしわ」葉をかたち取る校章は、昔校庭に「かしわの名木」があり、その姿に見る“雄々しさ”と“質実さ”の校風を象徴しています。1972年度以降の卒業生が記念植樹した「かしわ」の木は、かつての広坂校舎から現在の平和町キャンパスに移植され、嚶鳴会(同窓会)から贈られた「くすのき」と共に、ふれあい広場の芝生を取り囲み心地よい木陰をつくります。「かしわ」の木に込められた想いと校風は、教職員、卒業生、そして保護者に受け継がれ、子どもたちの学びと育ちへの具体の支えと成り、本校の現在を形づくってきました。この歴史を担い創ってきた卒業生一人ひとりの名前が青銅版に刻まれています。卒業生は、本校での学びを基にその後に研鑽を積まれ、多様な分野で活躍されています。
 教育の努力目標には、「進んで学ぶ子ども」「やりとおす子ども」「みんなのことを考える子ども」を掲げております。これら目標は、1952年から8年間の教育研究「自主的学習のあり方」の知見の蓄積と成果から発展して1964年に改めて設定されました。以来、継続して追究してきているものです。時代の時々により社会からの要請は変わりますが、状況が変わっても“人”として、わが国の現在と将来を担う子どもたちの育ちと教育に通奏するものです。
 この目標のもと、子どもたちには、「生活世界の物事を知り」、これを通して「自分自身と他人について深く知る」こと、その上で、「自分が如何にありたいかの望みをもてる」こと、「抱いた望みの実現に向けて実行・努力する」こと、を求めたいと思います。その教育にあっては、生活世界にある諸事象の中で行動しながら自分を見つめ直し、新たな自分へと更新していく営みを確かに支えたいと思います。

2015年4月